Apr 18, 2010

私が実際に見たことのある面白い看板は、

何かの本とか面白い看板特集や最近よく載ってたりします。それを読んでみると、なぜこんなところにこんな文字が。と言うのがいっぱいいて面白いです。絶対必要なもの、とか意味のない看板もたくさん載っていています。しかし、それは本で、実際に私が見たことのある面白い看板は、すべての看板ごとに逆になっている看板です。意味不明でした。他の人は別に変わっ​​たのは見たことがありません。それ一つだけです。
車で走っているとスピードもあるので、目を引く看板というのは非常に重要だと思います。適切な手作りの看板だと、そのお店も適度な感じが入っているとは思わない。特にレストランは、看板にこだわったのがいいと思います。雰囲気のある看板は、おいしいに違いないと思っています。どのようなお店の看板のかわからないこともよくありませんね。駐車場の位置を示す看板もわかりにくいとお客さんは入らないでしょう。
 J2東京Vが東日本大震災の復興支援として秘蔵のお宝グッズを放出することになった。

 都並アドバイザーが93年のドーハの悲劇時に着用していた代表ユニホームを出品したほか、背番号変動制だった93年J初制覇時の栄光の11番(当時は主にカズが着用)のユニホームも。「多くの人に見ていただきたい」とクラブ関係者。この日の募金などでは221万7483円が集まったが、お宝は今月中にも慈善ネットオークションにかけられる。

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 ◇セリエA インテル・ミラノ0―3ACミラン(2011年4月2日)

 インテル・ミラノは2日、勝ち点2差で追っていた首位ACミランとのミラノダービーに0―3で完敗した。出場機会がなかった日本代表DF長友佑都(24)は目を真っ赤にして「もちろん試合は残っているんで(優勝の可能性は)あります」と訴えたが、残り7戦で勝ち点5差となってリーグ初の6連覇は遠のいた。

 痛恨だった。開始直後に相手FWアレシャンドレ・パトにこぼれ球を決められて失点。レオナルド監督が「45秒で失点すればプランが崩れるのは当然」と漏らした通り受け身に回り、前半43分にFWエトオが決定機を外すなどリズムをつかめない。後半9分にはDFキブがパトを倒して退場処分。10人となってさらに2失点し、ホームで敗れた昨年11月14日に続いてダービー連敗となった。

 同勝ち点で並んだ場合は直接対決の結果で順位が決まるため、勝ち点5差を縮めるだけでは不十分。DFサネッティ主将は「実質的には6差。こんな敗戦は予想していなかった」とうなだれた。

 「緊張感があって今まで感じたことがない雰囲気でした」と長友。5日の欧州CLシャルケ戦に向けては「僕はいい準備をするだけ」と訴えた。今度はピッチに立ってチームに弾みをつけたい。(ミラノ・下妻宏通信員)

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 ◇セリエA ACミラン3―0インテル・ミラノ(2011年4月2日)

 ACミランは、FWアレシャンドレ・パトが2得点で勝利に貢献した。開始45秒でこぼれ球を蹴り込んで先制点を挙げ、後半9分には鋭い飛び出しで相手DFキブの退場につながるファウルを誘発。その8分後に流れを決める追加点を挙げ「ゴールは全てのファンにささげたい」と笑った。

 ホームながらエースのイブラヒモビッチ出場停止で不利と言われた中、アッレグリ監督は「パトの今季ベストゲーム。イブラ頼りでないことを証明できた」と振り返った。

 ◇ア・リーグ マリナーズ5―2アスレチックス(2011年4月2日 オークランド)

 マリナーズのイチロー外野手(37)が、シアトルのシンボルを超えた。2日(日本時間3日)のアスレチックス戦に1番・右翼で先発し、5打数2安打1打点1盗塁。3回に一塁内野安打を放ち、球団最多安打記録2247本のエドガー・マルティネス氏(48)に並ぶと、同点の9回1死一、三塁でも一塁へ適時内野安打を放ち2248本で記録を更新。貴重な安打で、チームを07年以来4年ぶりの開幕連勝に導いた。

 試合後のクラブハウス。イチローは約20人の米報道陣に囲まれた。マ軍黄金期のDHとして3度地区優勝に導いたチームの象徴的存在であるマルティネスの記録を更新。その意味をイチローは柔らかい表情で語った。

 「シアトルのファンの思いが強く(頭を)過ぎる。やはりシアトルで、エドガーの存在はそれはもうとてつもない大きさですから。僕は重みがあると思っています」

 同点で迎えた9回1死一、三塁。2ボール2ストライクから、見逃せばボールという外角低めスライダーに腕を伸ばした。「今年は足を使える走者が多いから、意識は変わる。(野手の間を)抜かなきゃいけないって思うのと、なんとか当てればというのでは違う」。バットの先で拾うとボテボテのゴロだったが、一塁手もバックハンド捕球から本塁へ投げるのが精いっぱい。記録更新の一打で試合も決めた。

 「こっちでは(1つの球団で引退は)圧倒的に少ないし、マリナーズにいたというのがうれしい」。生涯マ軍を希望するほど、シアトルの街を愛すイチローにとって、マ軍一筋18年の同氏は親友グリフィーのように一目置く存在だ。01年から4年間一緒にプレー。「打撃に関して練り上げられてきた技術を持った人。常に技を磨いていた。だからヒット1本の味が違う」と解説した。

 思い出は多い。02年4月26日のヤンキース戦で左膝に裂傷を負った。翌日試合は欠場したが、打撃ケージでティー打撃を行うと、野球に対する姿勢を絶賛された。「凄く喜んでくれていたのが一番(印象に)残っています」。当時の言葉は今も胸に残っている。

 この日のユニホームと打撃用グローブは、球団の殿堂博物館で展示される。「数字的にはひとまず超えたが、僕がその存在を超えたわけではない」。謙虚だが、イチローもまたシアトルのファンに生涯愛される存在であることは変わらない。

 ▽マルティネスの功績 マ軍一筋でプレーし地元ファンから愛され、背番号11は永久欠番に準ずる扱いになっている。本拠セーフコ・フィールドの脇の通りは「エドガー・マルティネス・ドライブ」と改称された。07年にはマ軍のチーム殿堂入りを果たした。指名打者として長く活躍したことから、大リーグは最優秀指名打者賞を引退した04年から「エドガー・マルティネス賞」に改称。マルティネスは改称前に、歴代単独最多の5度受賞していた(現在はレッドソックス・オルティスとタイ)。引退後もシアトル近郊に家族と住んでいる。

 ◆エドガー・マルティネス 1963年1月2日、ニューヨーク市生まれの48歳。82年ドラフト外でマリナーズ入団。87年にメジャーデビューを飾り、04年に引退するまで18年間マ軍一筋でプレーした。首位打者を2度、打点王を1度獲得。04年には社会貢献活動を評価されるロベルト・クレメンテ賞を受賞した。通算成績は2055試合で打率・312、309本塁打、1261打点。右投げ右打ち。

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